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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4440号 判決

原告 醍醐道彦

被告 坂西恒二

主文

原告の本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が扶桑印刷株式会社取締役たることを解任する、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

一、訴外扶桑印刷株式会社(以下本件会社という)は昭和二八年一二月一二日設立された発行済株式の総数四、〇〇〇株(一株の金額五〇〇円)の株式会社であつて、被告は本件会社設立以来その代表取締役であり、原告は同会社の設立に際し一、二〇〇株の株式を引受けて株主となつたが、昭和三〇年二月一〇日そのうち六〇〇株を訴外原司に譲渡した為、現在六〇〇株の株主であつて、終始右会社の発行済株式の総数の一〇〇分の三以上に当る株式を有する株主である。

二、而して被告には後記三記載のような不正の行為があるので、原告は、東京地方裁判所の許可(同裁判所昭和三〇年(ヒ)第三一号株主総会招集許可申請事件)を得て昭和三〇年六月一五日午後一時本件会社本店に於て被告の本件会社取締役解任等を目的とする臨時株主総会を招集し、当日招集権者として出席株主に対し右議案に特別の利害関係を有する現任取締役以外の者を議長に選出すべき旨を告げたところ、現任取締役であり且つ株主である被告、同訴外筒井実麿及び株主である訴外曾根盛事の三名はこれを不服として別行動をとつた為、他の出席株主は原告を議長に選出し、右株主総会は適法に成立したが、被告の取締役解任決議のみは定足数を欠き議決を為すに至らなかつた。かくの如く多数株主が故意に定足数を欠かしめ株主総会において取締役の解任決議を為すことを妨げた場合は商法第二五七条第三項にいわゆる「株主総会において其の取締役を解任することを否決したとき」に当るというべきである。

三、しかしながら、被告には本件会社取締役としての職務遂行に関し、次のような不正の行為がある。即ち

(一)、本件会社は元来訴外閉鎖機関戦時金融金庫(以下戦金という)が訴外東日本印刷株式会社及び訴外文寿堂印刷株式会社に対する債権について担保権を有していた印刷機械類一四二点等を戦金より落札譲渡をうけ、これを使用して印刷業を営むことを目的として設立されたものであるが、当初訴外日本勧業保全株式会社の援助の下に同会社々長尾身嘉一、原告及び被告外二名の共同で戦金より落札すべき契約であつたに拘らず、被告は昭和二八年八月二〇日単独で右機械類を代金一六、〇五〇、〇〇〇円で戦金より落札した。ところで被告は、

(1)  右落札による売買契約において、本件会社設立と同時に落札物件につき保険会社と火災保険契約を締結した上、右売買契約に基く権利義務を本件会社に承継せしむべき旨定められているに拘らず、今日に至るまでその履行をなさず、

(2)  前記尾身嘉一より本件落札物件に対する火災保険料として受取つた金一〇〇、〇〇〇円を他に費消し、

(3)  同年九月末、前記日本勧業保全株式会社より戦金に対する落札代金の内入金に使用すべく金八、〇〇〇、〇〇〇円の小切手を受領しながら、そのうち金一、〇〇〇、〇〇〇円を戦金に納付せず、筒井実麿と共にこれを着服し、よつて戦金に対する代金支払債務を引受くべき本件会社に同額の損害を蒙らしめ、

(4)  自己の戦金に対する落札代金中金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払の為、本件会社代表取締役として額面各五〇〇、〇〇〇円の約束手形二通を戦金に宛てゝ振出交付した。

(二)、本件会社は訴外日本産業助成株式会社より六、〇〇〇、〇〇〇円の融資の枠の設定をうけ、会社設立前の昭和二八年一一月二四日発起人代表であつた被告名義で金一、四七五、〇〇〇円を同会社より借り受け、本件会社設立後全株主の株式引受証又は株式申込証に各株主の印を押捺した白紙を添え、これを担保として同会社に預けたのであるが、昭和三〇年一月本件会社の同会社に対する債務が完済されたので被告は本件会社の代表取締役として同会社より株式関係書類の返還をうけた。よつて被告は原告を始め各株主に対しそれぞれ前記の書類を交付すべきであるのにこれをなさず、その頃前記捺印のある白紙によつて自己宛の譲渡証書を偽造し、原告、訴外篠宮大次郎及び同三浦利雄の株式合計一、四〇〇株を被告の名義に書換えた。

四、よつて原告は商法第二五七条により被告の本件会社取締役の解任を求める為本訴請求に及ぶと述べ、

被告の抗弁に対し、その主張事実は全部否認する。本件会社の株式申込金合計二、〇〇〇、〇〇〇円は、そのうち二五、〇〇〇円は原告において、五〇〇、〇〇〇円は原告が小田久蔵より借り受けた金員により残金一、四七五、〇〇〇円は日本産業助成株式会社より借り受けた金員を以て払込んだのであり、この一、四七五、〇〇〇円は前記三(二)において述べたとおり発起人代表たる被告名義で借り受けたものであるから、本件会社設立後は会社の債務となつたのであるが、そのうち五〇〇、〇〇〇円は原告が、残金は本件会社が右会社に返済した。かくの如く本件会社の株式払込金は主として原告において調達したものであり、原告が株式申込金領収証と白紙に原告の印を押捺したものを被告に交付したのも前記三(二)において述べたとおり右日本産業助成株式会社に対する債務の損保に差入れる為であつて、原告は被告に株式を譲渡する旨の意思表示をしたことはないと述べ、

立証として、甲第一乃至第十号証、第十一号証の一、二、第十二乃至第十六号証、第十七号証の一乃至三、第十八、十九号証、第二十号証の一乃至三、第二十一号証の一、二第二十二乃至第二十六号証、第二十七号証の一、二、第二十八乃至第三十八号証(第三十三乃至第三十八号証は写)を提出し、乙第一号証、第三号証の二、三、第四号証の一乃至十一、第五号証の一乃至九、第七号証の一乃至三、第八号証の一、二、第十三号証、第二十一号証、第二十二号証の成立(第二十一、第二十二号証は原本の存在及びその成立)は不知、乙第六号証の成立は否認、乙第二号証の一乃至三中「株券引換済、株式係」の記載部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める。乙第三号証の一中原告名下の印影が原告の印顆によつて顕出されたことは認めるが、その余の部分の成立は不知、爾余の乙号各証の成立(第十六、第十七、第二十号証の各一、二、第十八号証の一乃至三、第十九号証はいずれも原本の存在及びその成立)は認めると述べた。

被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決、本案につき原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の請求原因事実に対する答弁及び抗弁として、

一の事実中、本件会社が昭和二八年一二月一二日設立された発行済株式の総数四、〇〇〇株(一株の金額五〇〇円)の株式会社であること、被告が本件会社設立以来その代表取締役であること、原告が本件会社の設立に際し、一、二〇〇株の株式を引受けて株主となつたことは認めるけれども、本件会社の株式申込金二、〇〇〇、〇〇〇円は被告が日本産業助成株式会社より一、五〇〇、〇〇〇円、訴外小田久蔵より五〇〇、〇〇〇円をそれぞれ借受けてこれを払込んだのであつて、原告等に対しても一応本件会社の株式を割当てたがその実質においては全株式が被告に属すべきものであつたので、被告は本件会社設立直後原告等に対し株式名義を被告に書換える為に必要な譲渡証書の交付を求め、全株主より各その所有株式につき被告に対する譲渡証書としての内容を補充させる趣旨で白紙に押捺した書面の交付をうけたので、被告は昭和三〇年一月二〇日本件会社の株券が発行される際株式申込証と右委託の趣旨に従つて内容を補充した譲渡証書に基いて原告の株式について株主名簿上被告に名義書換をなしたから、原告は爾後本件会社の株主ではない。従つて本件会社の株主であることを前提として提起した本件訴は不適法である。

二の事実中、原告が東京地方裁判所の許可を得てその主張の日時場所においてその主張のような事項を議題とする臨時株主総会を招集したことは認めるがその余の事実は否認する。原告を議長に選出して開催したと称する原告主張の総会は、原告が一旦出席した総会より退席の態度を示し、株主でない原司、篠宮大次郎と共に自分等のみで開催すると称して勝手に開いた単なる集会であつて、適法な株主総会ではない。

三(一)冒頭の事実中、被告が原告主張の日時その主張の物件をその主張の代金で戦金より落札により買受けたことは認めるがその余の事実は否認する。

三(一)(1)の事実中被告が右物件を本件会社に譲渡していないことは認めるがその余の事実は否認する。

三(一)(2)の事実は全部否認する。

三(一)(3)の事実中、被告が日本勧業保全株式会社より戦金に対する落札代金の内入金として金八、〇〇〇、〇〇〇円の小切手を受領したが内金一、〇〇〇、〇〇〇円を戦金に納付しなかつたことは認めるがその余の事実は否認する。右金一、〇〇〇、〇〇〇円はすべて落札物件の為に使用されたもので着服したものではない。

三(一)(4)の事実は認めるけれども、右約束手形の振出については昭和二九年一二月二五日の取締役会において承認を得ている。

三(二)の事実中被告が原告主張の頃原告外二名の株式合計一、四〇〇株を自己名義に書換えたことは認めるがその余の事実は否認する。被告は前記のとおり正当に名義書換をなしたのであつて何らの不正はないと述べ、

立証として、乙第一号証、第二、三号証の各一乃至三、第四号証の一乃至十一、第五号証の一乃至九、第六号証、第七号証の一乃至三第八、九号証の各一、二、第十乃至第十三号証、第十四号証の一、二、第十五号証、第十六、十七号証の各一、二(写)第十八号証の一乃至三(写)、第十九号証(写)、第二十号証の一、二(写)第二十一乃至第二十三号証(第二十一、第二十二号証は写)を提出し、甲第一号証、第三号証、第十五号証、第十九号証、第二十二号証、第二十五号証、第三十三乃至第三十八号証の成立(第三十三乃至第三十八号証は原本の存在及びその成立は認める。甲第十八号証の成立は否認する。爾余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

商法第二五七条第三項の訴は少数株主が会社と取締役間に存する委任関係の解消を求める形成の訴と解するを相当とするから、右訴はその委任関係の当事者たる会社と取締役を共同被告としてこれを提起するを要するものと解すべきである。

けだし、第三者が他人間に存する法律関係の変更を求める形成の訴においては、他に特別の規定がない限り、当該判決によつて形成作用をうくべき法律関係がその法律関係の当事者全員に合一にのみ確定するを要するからである。

しかるに、本件訴は、取締役のみを被告として提起したものであつて、被告の当事者たる適格を欠くから、既にこの点において失当といわなければならない。

よつて原告の本件訴を却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 伊藤和男 太田昭雄)

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